ハロー!ニーハオ!アニョハセヨ!Naokiです。
つい最近、韓国のムン・ジェイン大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン委員長が板門店にてお互い境界線を越えるという、ある意味とても歴史的な場面が全世界で放映されていました。
そこで昨今グローバル社会やら多文化共生やらと言っていますが、それが本当に可能なのかという考えにひとり耽っていました。同一民族である大韓民国と北朝鮮でさえも既にあらゆる面で完全に異化してしまっており、とても統一は程遠いと言われています。
人間が一番違いを生む要素とは何でしょうか?それは「思想」であると僕は考えています。「思想」や思考方式が違えば表面上では同じ人間といえども、中身は全く異なります。
子供に教育するのは簡単です。なぜなら彼らはまだ確固とした思想を持っていないからです。でも大人になるとどうでしょう?何かを教えるのも億劫になるほどその人の個性という思想は変えられないものなのです。
タイトルにもある「文化」と「自信」。一見何も関係がなさそうなにも見えますが、よく考えてみるとある共通点があることにふと気が付きました。
それは、「根拠がない」ことです。でも、「必要なもの」なのです。文化というのは環境や状況によって成り立ってきました。なので、こうあるべきというものはありません。俗に言う「みんな違ってみんな良い」ですね。でも存在していなければ我々は生きてこれなかったでしょう。
自信というものも全く同じものであるということです。人は根拠のない自信によって生かされているといっても過言ではありません。だって自信がなかったら常にうつ病みたいな状態なわけで、生きていく希望など見出せるはずがありませんよね。
根拠がなければ存在できないなんてことになれば、何も存在する資格はなくなってしまいます。
だから、根拠なんてなくていいんです。根拠がなくたって自信をもって生きていてもいいんです。むしろ根拠がないからこそ素晴らしいのです。
それを忘れずに日々を生きていくともっとおおらかで寛大な気持ちで生きていけるはずです。穏やかな日々ほど幸せなことはないのですから。
あなたが存在する理由なんてなくても良いのです。だってあなたの存在そのものが素晴らしくて尊いものなのですから。
自信を失ったときは、自分の自信が何に裏付いていたのかをもう一度考えてみましょう。それらは実は取るに足りない執着だったのかもしれません。
そんな執着は捨てて、常に刻々と変化する新しい自分に生まれ変わり続けましょう。そうすれば、そんなつまらないことを考えているヒマさえなくなるはずですから。
つい最近、韓国のムン・ジェイン大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン委員長が板門店にてお互い境界線を越えるという、ある意味とても歴史的な場面が全世界で放映されていました。
そこで昨今グローバル社会やら多文化共生やらと言っていますが、それが本当に可能なのかという考えにひとり耽っていました。同一民族である大韓民国と北朝鮮でさえも既にあらゆる面で完全に異化してしまっており、とても統一は程遠いと言われています。
人間が一番違いを生む要素とは何でしょうか?それは「思想」であると僕は考えています。「思想」や思考方式が違えば表面上では同じ人間といえども、中身は全く異なります。
子供に教育するのは簡単です。なぜなら彼らはまだ確固とした思想を持っていないからです。でも大人になるとどうでしょう?何かを教えるのも億劫になるほどその人の個性という思想は変えられないものなのです。
タイトルにもある「文化」と「自信」。一見何も関係がなさそうなにも見えますが、よく考えてみるとある共通点があることにふと気が付きました。
それは、「根拠がない」ことです。でも、「必要なもの」なのです。文化というのは環境や状況によって成り立ってきました。なので、こうあるべきというものはありません。俗に言う「みんな違ってみんな良い」ですね。でも存在していなければ我々は生きてこれなかったでしょう。
自信というものも全く同じものであるということです。人は根拠のない自信によって生かされているといっても過言ではありません。だって自信がなかったら常にうつ病みたいな状態なわけで、生きていく希望など見出せるはずがありませんよね。
根拠がなければ存在できないなんてことになれば、何も存在する資格はなくなってしまいます。
だから、根拠なんてなくていいんです。根拠がなくたって自信をもって生きていてもいいんです。むしろ根拠がないからこそ素晴らしいのです。
それを忘れずに日々を生きていくともっとおおらかで寛大な気持ちで生きていけるはずです。穏やかな日々ほど幸せなことはないのですから。
あなたが存在する理由なんてなくても良いのです。だってあなたの存在そのものが素晴らしくて尊いものなのですから。
自信を失ったときは、自分の自信が何に裏付いていたのかをもう一度考えてみましょう。それらは実は取るに足りない執着だったのかもしれません。
そんな執着は捨てて、常に刻々と変化する新しい自分に生まれ変わり続けましょう。そうすれば、そんなつまらないことを考えているヒマさえなくなるはずですから。

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