虚構の自由は無知から生まれ、真実の自由は叡智から生まれる。 最近、自由意志というものについて議論がされている記事を見かけた。そこで考えたことは 自由意志とは実は人間の無知による産物ではないかということだ。 そこで自由には2つのタイプがあると考えた。ひとつは 無知による虚構の自由 で、もうひとつは 叡智による真実の自由 だ。 虚構の自由はただ知らないというだけで、決定論的真実を肯定できないだけの無知から生まれた自由で、制約を無自覚に受け入れているだけの 被支配的な状態 である。 そして真実の自由は叡智によって自らの意志を決定し、決定論的真実を肯定しても、それを無条件に受け入れる必要のない 支配的な状態 である。 ふと思ったのは、人間は決定論を肯定も否定もできないのに、それを論じていて運命だの偶然だの言っていることが実に滑稽であるということ。 人間として生きるなら、ぜひとも前者になりたいものだ。